2019年の恵方と、知っておきたい節分の由来・豆まき・厄払い

鬼の面

2019年の節分は、去年と同じく2月3日(土)です。小さい時は家で豆まきをし、親が『鬼役』となって豆をぶつけられるというサザエさんやちびまる子ちゃんでも出てくる典型的な光景が当たり前のようにありましたよね。

が、年を重ねるにつれ、正直、節分が他人事のようになっている人はいませんか?

わたしもその一人!

まあ、結婚して子供がいれば違うのでしょうが、それも叶わず独身なので、ますます節分という昔ながらの行事から自分が遠ざかっています。

今は、外国人の方が日本の文化について詳しかったりしますが、それは日本人としてちょっと恥ずかしい。。。

という事で、今さらながら、わかっているようでわかっていない『節分』について調べてみることにしました。

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【『節分の由来』と『豆撒き』の関係】

節分というと、通常わたしたちは『2月3日』を思い出しますが、実は、節分はもともと年に4回あったようです。

節分というのは、「季」を「ける」という意味があり、二十四節気では、春、夏、秋、冬の4つの季節の始まりをそれぞれ「立春」・「立夏」・「立秋」・「立冬」と呼んでいました。

つまり、それぞれの前日が全て「節分」だったわけです。

では、なぜその中で、2月3日が節分として残ったのか?

そこには、旧暦が関係しています

旧暦では、2月3日の「立春」を新年の始まりと考えており、昔はこの日の前日を大晦日としていたのです。

一方で、日本では古来より、中国から伝わった「追儺(ついな)」という、鬼や邪気を払う行事があり、これが鎌倉時代までは大晦日に行われていたことから、この行事で行われていた「豆まき」が、節分である2月3日に行われるようになったと言われています。

因みに、節分には豆を「撒く」という言い方をしますが、実際わたしたちがやっていたのは「撒く」という行為でしょうか?

違いますよね?

鬼の面をかぶった親に、豆を「打ち付ける」といった感じで、とても「撒く」などという生易しいものではなかったと思います。

もともとは邪気や鬼を追い払う意味合いから、退治する意味で強く打ち付けていますが、これには本来、豆を撒く動作で模擬的な農作業を表し、その年の豊作を祈るという意味も込められているのです。

昔は農業しかなく、年貢という形で税金が取られていたわけですから、こういった祈りの気持ちを込めた「豆を撒く」という事が広がったんでしょうね。

 二十四節気と旧暦

さて、前述した中に『二十四節気』という言葉があったと思います。

この二十四節気とはどういうものなのでしょう?

ここでは、旧暦との関係について簡単に触れたいと思います。

二十四節気

太陽が地球を中心に回る軌道である黄道(こうどう)を、地球との位置関係から15℃ずつに区切り、それぞれの地点を通る24地点(360÷15=24)に名称を付けたもの。

二十四節気は、「立春」を起点として「大寒」で締めくくられます。

” 節分 ” というのは、” 季節を分けること ” を言い、この節目に行うのが節分という行事になります。

だから、前述したように年に4回あるわけですね。

下の表にあるように春夏秋冬のそれぞれの季節の境目がありますが、冬と春の境(立春と大寒の境)を節分として、豆まきを行うのが一般的です。

<2019年の二十四節気>

旧   暦

1872年(明治5年)以前は、中国で使われていた「太陰太陽暦」を採用していたのですが、これは月の満ち欠け(月が地球を一回りする時間)を利用した「太陰暦」が基本です。

これに対し、二十四節気は太陽の運行を元にした太陽暦を採用。

太陰暦では、月の満ち欠けが約29日半であることから、これを1か月とすると1年が354日(29.5日×12か月)ほどとなり、現在の新暦(太陽暦)よりも11日ほど少なくなります。

このズレをなくすために、昔は19年に7回も「うるう月」を設けて調整していたようです。

『太陰太陽暦』から現在も使われている『太陽暦』へと変更したことに伴い、1872年以前を旧暦、それ以降を新暦と呼ぶようになりました。

【地域による節分の違い】

地域によっては、衛生的な面からも落花生が使われるところもあるようですが、一般的には大豆が使われます。

これは大豆が昔から「福豆」として扱われてきたからです。

大豆には、穀物の霊が宿っていて悪霊を退ける力があると信じられていました。

目に見えない悪霊や災いを「鬼」という見える形にしてぶつけることで邪気を払っていたんですね。

ただ、鬼は基本的に悪いものであるという感覚がわたしたちにはありますが、「良い鬼」というのもあります。

ニュースでよく見る東京浅草「浅草寺」の豆撒きには、毎年たくさんの芸能人が登場し「千秋万歳福は内」と言いながら豆を撒きます。

これは『観音様の前に鬼はいない』という考えからきています。

浅草寺の節分会のサンプル

※浅草寺公式サイトより

他にも秋田県男鹿地方の有名な「なまはげ」。

これは神様が姿を変えた「良い鬼」として扱われています。

「鬼は~内、福も~内♪」といって豆を撒く神社があることからも、地域によって鬼が「善」にもなり「悪」にもなるという事がわかると思います。

関西で言うと、兵庫県の長田神社で行われる節分祭。

無形民俗文化財にも指定されている節分祭では、鬼は神の使いとされ、鬼が掲げた松明の燃え残りで作った「ミニ松明」を玄関に吊るして招福を祈願します。

変わり種としては、箱根神社の「節分祭」。

祭りというだけあってその中身は一風変わっています。

なんと、前日の2月2日夜に芦ノ湖で花火が上がるのです。

※冬の花火は、空気も澄んでいるのでとてもきれいだという評判です

また、当日の3日には境内でコロッケ・ワカサギのフライ・御神酒などが無料でもらえる他、豪華景品と交換できる「福寿券」なるものが入った「豆袋」を撒くので、運よく手にできれば無料で商品を手にすることができます。

更にこれはオプションになりますが(近辺の宿に宿泊していることが必要)、「湖上鬼追い」といって、赤・青鬼に扮した人が芦ノ湖を水上スキーで滑走し、陸上と船から豆まきができるというイベントもあります。

「楽しくなければ祭りじゃない」という一風変わったこの節分祭りに、は毎年遠方からも参加者が多数訪れるようです。

【節分と厄払い】

「厄」は長い人生で3回訪れます。

中でも、下表の赤文字にあたる年齢は「大厄」と呼ばれ、大きな災難に合う確率が高い事から、厄払いをするのが一般的です。

男性と女性の厄年の年齢表

ところで、厄がいつ終わるかですが、これは「後厄の節分まで」。

男性であれば、40歳で迎える正月過ぎに最初の厄除け(前厄)をし、43歳で迎える正月過ぎに最後の厄除け(後厄)を行う形になります。

節分を超えれば、一応の「厄」は過ぎたことになります。

わたしの場合は40歳の時に、母親が入院し、自身は無職になって途方に暮れ、更に父親も障害者となって現在も入院中という、なかなか厳しい厄を味わいました。

神社での厄払いに、金額による差(コース)があるのは、正直意味が分かりませんが、まあ、普通はやっておいた方が無難でしょうね。

因みにわたしは厄年に関わらず、毎年、市販されている豆撒き用の大豆を買ってきて、自分の年齢の数+1つを食べます。

なぜいつも「+1」なのかわかりませんでしたが、調べてみるとこれには「次の年の分を加えて幸福を願う」という意味があるようです。

【2019年の恵方】

恵方というのは、その年に決められた縁起の良い方角のことを言い、福徳をつかさどる神様である歳徳神がいるとされ毎年方角が異なります。

2019年の恵方はズバリ『東北東』です。

関西では1977年に始まったイベントからずっと続いている恵方に関する習慣があります。それは「巻き寿司の丸かぶり」。

最近でこそ、コンビニなどでも取り上げられるようになったことから、徐々に関西圏以外でも知られるようになってきましたが、考えてみるとこの行事はとても奇妙です。

恵方を向いて丸かぶりをするのはまあわかりますが、食べている間はしゃべってはいけないというルールが存在します。

一説には、食べながらしゃべると歳徳神に失礼だとも言われていますが、真偽のほどはよくわかりません

※切らずに丸かぶりするのは、包丁で切ると縁が切れるからだと言われています

奇妙ついでに言うと、わたしの家では寿司の他にイワシを焼いたものが出てきます。

取り合わせ的に合うわけはなく、この記事を書くまでは「なぜにイワシ?」と思っていました。

母親に聞いても「昔からそうだから」というだけでわかっていません。

しかし、その謎が解けました!

これは「やいかがし」という強烈なにおいで、鬼を退散させる方法からきているようです。

「やいかがし」で一番知られている方法というのは、ヒイラギの枝に火であぶったイワシの頭をさしたものを、家の戸口や窓際に結び付けたり、挿したりする方法。

火であぶったイワシは鬼が嫌がるにおいなので(確かに臭いですね)、鬼を追い払うことができるとされてきたようです。

【まとめ】

いかがでしょうか。

今まで何気なくやってきた年中行事も、こうやって調べてみるとその意味がわかり興味が持てるのではないでしょうか。

最近は外国人の方が日本の文化について詳しかったりしますが、日本人として概要ぐらいは知っておいて損はないと思います。

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